現代病のひとつ・お金が絡むとしんどくなってしまう病

愚痴というか、ボヤキというか……。

僕は普段、技術的相談に無料で応じたり、友達に頼まれたサイト作成などは無償で請け負ったりすることがよくある。

あとは最近、友人の引越しの手伝いなんかも手伝ったりもした。

中には、お返しとしてお金を払ってくれようとする人もいるけど、基本モノや食事の奢りでしか受け取らないようにしてる。

お金が発生すると色々めんどくさいからだ。

お金が発生すると、どうしてもお手伝いから業務になってしまう。

業務になってしまうと、良くも悪くもリターン(代金)に見あった価値提供の意識が生まれる。

そうなると、たちまちやる気が失われる。

やる気が失われると言うと、語弊があるので補足。

多分、僕が相場感を雑にしか把握してないからというのもあるんだろうけど、自分の提供するものをお金換算するといくらくらいなのかが分からない。

その結果、『これでいいのだろうか』の堂々巡りが始まり、なかなか完成にこぎつかない。

リターンの額面が大きければ『もっとこうした方がいいのでは?』が続き、逆に額面が小さければ『もっとこうしたいけどこの額面だとそこまでするのは面倒だ』となる。

要はストレスがかかるのだ。自分で言うのもなんだけど責任感は人並みにある。だから金銭が発生すると考えるのに疲れてしまうことが目に見えて分かる。そうなることが分かっているから、なんとなくうんざりする。

だから、提供する価値をモノや食事などを通したり、楽しさをモチベーションにしたりとか、価値を曖昧に変換することで、自分が1番パフォーマンスを発揮できる状態にしたいんだと思う。

『これでいいな』の後ろ盾がある状態で取り組むのが性に合ってるし、その状態で取り組むと作り終えた時に自然と納得がいっている。

そんなこんなで僕は自分のメンタルであるとかになるべく柔軟に折り合いをつけてお金や仕事と向き合っているのだけれども、これをできる人は少ない。

もちろんそこには様々な事情があることも承知之助。

とりわけ、顧客と事業者/雇われと雇い主との間で金銭絡みのトラブルが起こるというのはよくある。

ここで言うトラブルとは、顧客か事業者/雇われか雇い主の双方ないし片方が不満を持つケースのことだ。

お互いが気持ちよく取引ができればそれに越したことはないのだが、なかなかそう上手くいかない時が多い。

顧客視点にせよ、事業者視点にせよ、雇われ視点でも雇い主視点でも、トラブルがなるべく起こりえないようにするには、

相手を選べる状態にする

というのが最適解だろう。

客であれば店や商品の選択肢が多いような資金を用意する。事業者であれば客を選べるようなサービス/商品を用意する。雇われであれば雇い先を選べるように自分を磨く。雇い主であれば雇われたい人が沢山来るような職場を築く。

と、いった具合に。

例えば、僕は東京に住んでいた時、個人開業の歯医者から出禁を食らった。

やむを得ない事情があったのだが、2度予約を飛ばしてしまって(もちろん断りの連絡は入れてる)、その後歯医者へ出向くと『今後も同じことがあるなら来るな』というのをヤンワリ伝えられた。

その歯医者は東京の割と都心なおかつ駅前に構えていたこともあってか、常に人がパンパンだった。

所狭しと並べられた椅子の全てに人が掛けており、なおかつ立っている人も数人いるというほど。待合室の人口密度は夕方の山手線に匹敵するだろう。

そんだけ繁盛していれば客を選ぶ余裕も出てくる。

悲しいかな、僕は『来て欲しくない客』にカテゴライズされてしまった。

選り取り見取りの客がいるから、僕一人が消えてもなんの支障もないのだ。

多少相手を選んでも他の相手がいる状態(=余裕がある状態)というのは、上手く作用することが多い。

ここまで書いた時点で、『あれ?この記事ってなんだっけ?』となるけど、僕も読者を選べるからどうでも良かったりする。おわり。

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