尾原和啓『ITビジネスの原理』の要約

評価

★★★★☆

本旨を3行でまとめる

  • 情報量が大事
  • 無料で良質なものの提供が大事
  • マッチングはいいぞ〜

全体要約

難しいと言うか少し頭を使わせてしまいますが、その分割と細かい要約です。

なお、ここでは本旨(本のタイトル)に準ずるような箇所ないし筆者の意見でなく事実などを必要十分な量で抜き出しています。

つまり、以下で触れていない話ーー例えば論証をするための具体例やインターネットに関する歴史・変遷・流行り・余談・文化論などなどーーももちろん本書には沢山あります。あとがきで著者自身がITビジネスの原理でなくITの原理といっているようにインターネットとはなんぞやという話が後半のメインです。

個人的には面白かったのはそちらだったけれども、ここでは割愛します。割愛しなければ要約でなく全文引用のレベルになってきてしまいますので。

1:従来のビジネスモデルとITビジネスモデルの比較

  1-1:ビジネスの基本は安く買い、高く売る
    1-1-1:価値の差は場所の差で起こる
    1-1-2:『安い場所で安く仕入れ、高く売れる場所で高く売る』のが基本

  1-2:インターネットは空間的、時間的差異をなくす
    1-2-1:商品の価値(場所)の差がなくなる
    1-2-2:従来のビジネスモデル(1-1-2)が通じなくなる(あるいは利益が萎む)

  1-3:ITでは、モノ(商品)が情報に変わる
    1-3-1:つまり、価値の差も情報の差に変わる
    1-3-2:ノウハウ情報や個人情報など情報量の差でビジネスが成立
      1-3-2-1:点在する情報を集中化する作業が有効

2:ユーザーそのものが商品となりうる

  2-1:従来のモデルは『モノを安く仕入れ高く売る』だが、現在は『ユーザーを安く仕入れ高く売る』
    2-1-1:コンテンツ(アプリやサイト)により集客し、そのユーザーと企業をマッチングさせることで利益が発生

  2-2:集客にはコスト=TACがかかる
    2-2-1:TACの内訳は広告費など
    2-2-2:TACを0に近づけるのが理想
      2-2-2-1:TACを0に近づけるにはユーザーが勝手に集まる状態が理想
      2-2-2-2:TACを0に近づけるには魅力的なコンテンツ提供が不可欠
    2-2-2-3:TACを0に近づけるには無料であることが不可欠

  2-3:集客の次の課題がユーザーと企業とのマッチングの最適化
    2-3-1:ユーザーのニーズ把握が不可欠

  2-4:この構造はGoogleもAmazonも価格コムも同じ

  2-5:現在はGoogleの一人勝ち
    2-5-1:何かをする/買う際に思い浮かべるアプリやサイト、店などを純粋想起と呼ぶ
      2-5-1-1:純粋想起をとったサイトが勝者となりうる
    2-5-2:Googleはほとんどの分野で純粋想起を取った
    2-5-3:生産規模の増加に伴い生産性が上がることを収穫逓増の法則と呼ぶ
      2-5-3-1:インターネットビジネス=情報のマッチングビジネス
      2-5-3-2:情報を出す人が多ければ収穫逓増の状態になりやすい

3:コンテンツ・課金ビジネスは成功しない

  3-1:必ずしも成功しない訳ではない
    3-1-1:フリーミアム(フリープランとプレミアムプランのあるモデル)は成功しているものが多い
  3-2:上手くいかない理由は課金環境の用意へのコスト
    3-2-1:課金環境とは情報そのもののコスト、情報を探すためのコスト、情報を手に入れるためのコストからなる
      3-2-1-1:つまり、ユーザー側の課金への手間(負担)が多く、手間を差し引いて考えると価格に見合わなくなる(ことが多い)

個人的な感想

僕が気になったところや印象に残った箇所のピックアップです。主に、本旨にあまり関係ないところのお話たち。

ラクスルのビジネスモデル(p77)

ラクスルという企業の目の付け所が絶妙すぎておもしろかった。僕が知らないだけで色々な企業・仕事があるんだなぁと。

TwitterのRT機能は元々ユーザーによって形作られていった(p103)

RT機能はTwitterをTwitterたらしめる主要な機能のひとつだけれども、それは機能として存在していなかった。ユーザーらによる『文化』によって後付けされていった機能。こういう話はすごく好き。

PCとは目的を持って使うツール(p106)

例えばテレビやスマホなどはソファに座ったり寝転んだりと楽な姿勢で目的なく見たりできるが、その一方でPCというツールの形態上、どうしても前傾の姿勢での使用になりやすい。僕も一時期どうにかスマホのようにPCを使えないかと試行錯誤したが、今のところベッドでうつ伏せでいじるのが限界。仰向けにいじれるようになりたい。

目的型情報発信と非目的型情報発信(生産性があるかないかの違い)があり、日本では後者が主流(p146)

というのも、そもそも言語による縛りというところが大きいという。受け手があってこその語り手なので、英語で語れりゃ受け手も多くなるわなぁ。

根付けやキーホルダー(ストラップ)による自己表現は日本文化(p155)

根付けとはいわば江戸時代におけるキーホルダーのようなもの。ガラケー時代にはよくキーホルダーを話の種にしたり、自己表現としたりする女性がいたけれどそれは今に始まったことじゃないんだよ、みたいな。あんな小さいもんで自己表現をする様はなんとも奥ゆかしいもんです。

つまり、誰が売っているかは問題ではありません。(p164)

これはもう完全に雑談なんだけど、『そうだよなぁ』と強く思った。何がそうかと言うと、日本(本書も日米の対比で描かれているので則る)では、作り手がやたら意識される場面を見ることは少なくない。例えば、本来は『空腹を満たす』という目的を満たすための手段としての『食材』なのだから、農家なんてどうでもいい。『空腹を満たす食材』である以上の要素は不必要のはず。それでも農家の顔を見せるようにしたら売上が上がる。あるいは、ミュージシャンが覚醒剤をやっていることが分かったら、そのミュージシャンの作った曲は途端に売れなくなる。

非言語のコミュニケーションを指向(p181)

言語を介さないコミュニケーション。例えば、Pinterestなどは言語を介在させず、写真や動画などでのコミュニケーションを意図(≒推奨?)して作られている。これってけんすうさんが同じようなことを言っていて、確か彼は『ダンスがコミュニケーション手法のメインになるんじゃないか』みたいな仮説を立てていたような気がする(間違ってたらすみません)。そんなことを思い出していたら、あとがきに古川健介の字があったから、あぁ携わってたんだと。でもけんすうさん以外にも色んな人が非言語コミュニケーションへの収束を仮説建てていて面白いなぁとも。僕には想像もつかないし、望んでもいないし、そうなるとも思っていない。確かに世界中の人とコミュニケーションが楽しめるようになるのは良いことだとは思うんだけれども、言語を介さないコミュニケーションだと、構築可能なもののたかが知れてるというか。あくまでコミュニケーションがコミュニケーションだけを目的にしているならいいと思うけども、そんな人なかなかいないんじゃ。名称は忘れちゃったけどずっと前に『世界中の人の共通言語の取得』だけを目的として作られた世界一簡単な言語、みたいなものを見たことがあった。意思疎通の手段という点においてはそっちの方が良く思えたり。

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